VRアーティストインタビュー

VR空間を建築する:技術的構築とアート表現の融合

Tags: VRアート, 空間デザイン, 技術, 建築, 体験デザイン, 最適化

VR空間そのものをアート作品として捉え、その構築に技術と創造性を融合させるアーティストがいる。今回は、実世界の建築や自然からインスピレーションを得つつ、非現実的な空間構造や体験をVRで実現するアーティスト、久遠 悠氏に、その独特な制作プロセスと技術的アプローチについて伺った。

VR空間デザインへの探求心

久遠氏がVRアートの中でも特に空間デザインに注力するようになったきっかけは、VRがもたらす「存在感」と「没入感」の可能性に深く魅せられたことにあるという。

「平面の絵画や映像とは異なり、VRは体験者が空間の中に『存在する』メディアです。その空間の構造や雰囲気、そこに配置されたオブジェクト、そしてそれらが相互に作用する仕掛けが、体験者の感情や記憶、物語の感じ方そのものに深く影響します。私は、この『空間そのものによって体験をデザインする』可能性に、他のメディアにはない魅力を感じました。」

インスピレーション源は多岐にわたる。ガウディやザハ・ハディッドといった建築家の有機的なデザイン、日本の庭園が持つ空間の切り取り方や余白の美学、あるいは物理法則が異なる夢の中の光景など。これらの現実や想像上の空間概念を、VRというメディアで再構築し、新たな体験として提示することを目指している。

空間構築を支える技術的アプローチ

久遠氏の制作環境は、UnityまたはUnreal Engineをベースとしつつ、独自のツールやスクリプトを積極的に活用している点が特徴だ。

「基本的な空間のモデリングにはBlenderなどを使用しますが、VR空間ならではの構築には独自の工夫が必要です。例えば、無限に広がるように見せる空間や、重力が場所によって異なる空間、あるいはユーザーの動きによって構造そのものが変化するような空間を作る場合、通常のゲーム開発で用いられる座標系や物理エンジンの扱いに加えて、非ユークリッド幾何学的なアプローチや、リアルタイムでのメッシュ生成・変形といった技術が必要になります。」

久遠氏は、これらの特殊な空間構造を実現するために、カスタムシェーダーやジオメトリ生成アルゴリズムを自作することが多いという。

「例えば、ある作品では、ユーザーが特定の壁に近づくと、壁のテクスチャや形状が変化し、裏側にあるはずのない空間へとシームレスに繋がっていくという表現を用いました。これは、カメラの深度情報やユーザーの位置情報に基づいて、動的にメッシュを操作し、特定の描画パスで異なる空間を描画するといった技術の組み合わせで実現しています。こうした技術的な仕掛け自体が、空間の持つ『不思議さ』や『迷い込み』といったアート表現に直結すると考えています。」

また、広大な空間や複雑な構造を持つ作品では、パフォーマンス最適化が不可欠となる。

「VRは特に描画負荷が高いため、LOD(Level of Detail)やオクルージョンカリングはもちろんですが、アセットのストリーミング、描画負荷の高い領域を意図的に少なくする空間デザイン、あるいは非表示領域のメッシュ構造を簡略化するといった、空間の設計段階からの最適化が重要になります。単に見た目を良くするだけでなく、滑らかな体験を維持するための技術的な考慮が、そのまま空間の『心地よさ』や『探索のしやすさ』といったアート的な質に影響を与えるのです。」

技術的課題への挑戦

VR空間デザインにおける最大の技術的課題の一つは、やはりパフォーマンスと表現のトレードオフだという。

「どれだけ複雑で魅力的な空間をデザインしても、フレームレートが維持できなければ、ユーザーは酔ってしまったり、没入感が損なわれてしまいます。特に、動的に変化する空間や、大量のオブジェクトが存在する空間では、いかに効率的に描画・演算を行うかが常に課題です。私は、まずは最も表現したいコアな部分に必要な技術要素を洗い出し、それ以外の部分は可能な限り簡略化したり、あるいは表現手法そのものを変更したりすることで、パフォーマンスと表現のバランスを取るように努めています。時には、表現のアイデアを技術的な制約に合わせて調整することも必要になりますが、その制約の中でいかに創造性を発揮するかも、この分野の面白さだと感じています。」

もう一つの課題として、久遠氏は非現実的な空間におけるナビゲーションの難しさを挙げる。

「現実世界の物理法則に基づかない空間では、ユーザーはすぐに方向感覚を失ったり、どこへ行けば良いか分からなくなったりしがちです。これを解決するために、空間の構造自体に視線誘導の要素を組み込んだり、音響によるガイドを行ったり、あるいはユーザーの行動履歴に基づいて空間構造を変化させるといったアプローチを試みています。これは単なるUI/UXの設計にとどまらず、空間そのものがユーザーと対話し、体験をナビゲートするという、アート表現の一部でもあります。」

技術とアートの融合、そして今後の展望

久遠氏は、技術とアートを融合させる上で最も重要視している点を、「技術は表現のための手段であり、目的ではない」という考え方だと述べる。

「新しい技術が登場するたびに、それがアート表現にどう応用できるかを探求するのは楽しいことです。しかし、技術ありきで作品を作るのではなく、『どのような体験や感情をユーザーに届けたいか』という明確なビジョンを持ち、それを実現するために最適な技術を選択し、あるいは開発するという姿勢が重要だと考えています。技術的な挑戦は、表現の可能性を広げるためのものなのです。」

今後の展望として、久遠氏はAIによる空間生成や、ブレイン・マシン・インターフェースといった新しい技術がVR空間デザインに与える影響に注目している。

「AIが進化することで、これまでは想像もつかなかったような複雑で有機的な空間が自動生成されるようになるかもしれません。あるいは、ユーザーの脳波や感情にリアルタイムで反応して空間が変化するといった、よりパーソナルで生命的な空間表現も可能になるでしょう。このような技術の進化は、VR空間が単なる『見る』場所から、『生きる』場所に、そして私たちの意識や感情と深く結びつく存在へと変化していく可能性を秘めていると感じています。私自身も、技術者としての探求心を忘れずに、新しい表現領域を切り拓いていきたいと考えています。」

まとめ

久遠 悠氏の活動は、VR空間デザインという分野において、技術的な知識と創造的なアート表現がいかに密接に結びついているかを示唆しています。空間を「建築」するためのエンジニアリング的なアプローチが、同時にユーザーの体験や感情をデザインするというアート行為であるという視点は、私たちゲーム開発エンジニアにとっても、自身の技術スキルを新たな表現にどう応用できるか、大きなヒントを与えてくれるのではないでしょうか。技術は可能性であり、それをいかに創造的に活用するかが、VRアートの未来を形作っていくのでしょう。